アメリカにおける男性型脱毛症の疫学的状況:All of Usデータセットによる横断研究

All of Us研究プログラムとは

本研究で使用されているAll of Us(AoU)研究プログラムは、米国国立衛生研究所(NIH)が主導する大規模な医学研究プロジェクトです。2015年に始まったこのプログラムは、米国内の多様な100万人以上からデータを収集し、個別化医療(精密医療)の発展を目指しています。

参加者の健康調査、電子カルテ、身体測定値、生体試料など幅広いデータを集め、研究者と参加者が協力して医学研究を進める点が特徴です。日本の東北メディカル・メガバンクやバイオバンク・ジャパンと似ていますが、特に多様な人種・民族からデータを集め、医療格差の解消にも取り組んでいる点が特色です。

最近、PLOS ONE誌に掲載された研究について紹介します。この研究は、米国におけるAGA(男性型脱毛症)の疫学的状況と治療傾向を大規模データベースを用いて調査したものです。

研究概要

  • 対象:All of Us(AoU)研究プログラムの参加者266,612名
  • 方法:横断的研究(2017年〜2022年7月のデータ)
  • 評価:電子健康記録(EHR)と調査データを分析
  • 解析:性別ごとに年齢分布、処方薬、社会経済的要因などを評価

主な結果

年齢分布の特徴

  • 男性AGA患者:20-39歳に多い(20-29歳が22.73%、30-39歳が29.37%)
  • 女性AGA患者:60-69歳に多い(29.32%)
  • 男性は若年で発症し早期に医療機関を受診する傾向がある一方、女性は更年期以降に受診する傾向が明らか

処方薬の傾向

  1. 男性患者
    • フィナステリドが主流(38.9%~60.7%)
    • 経口ミノキシジルは若年層(20-39歳)に多く処方
    • デュタステリドの処方はほとんどなし
  2. 女性患者
    • 若年層(20-49歳)にはスピロノラクトンが多く処方(20-29歳で40.63%)
    • 50歳以上では経口ミノキシジル(4.76%~9.93%)とフィナステリド(9.52%~10.63%)の処方が増加
    • フィナステリドは妊娠可能性のない閉経後女性に限定
  3. 処方トレンドの変化
    • 男性におけるフィナステリド処方は2011年以降急減(Post-Finasteride Syndrome認知の影響と推測)
    • 2020年以降、男女ともに経口ミノキシジルの使用が増加

社会経済的要因との関連

  1. アルコール消費
    • 週2-3回以上飲酒する人はAGA報告率が高い
    • 男性:オッズ比2.11(p<0.0001)
    • 女性:オッズ比1.19(p=0.0358)
  2. 世帯収入
    • 年収$75,000以上の高所得層でAGA報告率が高い
    • 男性:オッズ比2.51(p<0.0001)
    • 女性:オッズ比1.89(p<0.0001)
  3. 教育レベル
    • 学士以上の高学歴者でAGA報告率が高い
    • 男性:オッズ比4.32(p<0.0001)
    • 女性:オッズ比2.16(p<0.0001)
  4. 女性の合併症との関連
    • 不安障害:オッズ比1.13(p=0.0049)
    • うつ病:オッズ比1.32(p<0.0001)
    • 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS):オッズ比2.09(p=0.0002)

考察

この研究結果から、AGAの報告と治療に社会経済的要因が大きく影響していることが示唆されます。特に注目すべき点は以下の通りです:

  1. 社会経済的格差:高所得・高学歴の人々がAGA治療を受ける傾向が強く、医療資源へのアクセスの不平等を示唆しています。経済的・時間的余裕がある人々は、生命に関わらない症状にも医療リソースを割く余裕があるのかもしれません。
  2. 治療パターンの変化:Post-Finasteride Syndromeの認知以降、男性のフィナステリド処方が著しく減少し、代替治療法への移行が見られます。これは医療情報の普及によって患者と医師の治療選択が変化したことを示しています。
  3. 精神的影響:女性AGAと不安・うつとの関連は、脱毛が精神健康に与える影響の重要性を示唆しています。AGAを治療することで、精神的健康の改善にも寄与する可能性があります。
  4. 男女差:男性は若年期に、女性は閉経後にAGAで受診する傾向があり、ホルモンの影響と社会的圧力の差が反映されている可能性があります。

研究の限界

  • 電子健康記録データの正確性に課題がある
  • 市販薬(外用ミノキシジル)の使用状況を把握できていない
  • 美容的治療(PRP療法、低出力レーザー治療など)の情報が含まれていない
  • 横断研究のため因果関係の特定には限界がある

結論

この研究は、米国におけるAGAの疫学的状況と治療傾向について貴重な知見を提供しています。特に社会経済的要因がAGA報告に与える影響は、医療アクセスの不平等を示す指標となる可能性があります。

AGAは死亡率や罹患率に直接影響しない疾患ではありますが、患者の外見や精神健康に大きく影響します。今後は治療アクセスの公平性を高め、精神的影響も含めた包括的なケアを提供することが重要でしょう。

参考文献

Gupta AK, Wang T, Economopoulos V (2025) Epidemiological landscape of androgenetic alopecia in the US: An All of Us cross-sectional study. PLoS ONE 20(2): e0319040. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0319040

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