モデルナ(MRNA)の直近1年間投資分析レポート

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はじめに

新型コロナウイルスのパンデミックで一躍脚光を浴びたモデルナですが、現在は大きな転換期を迎えています。COVID-19ワクチンの特需が終息し、同社は次なる成長エンジンの確立に挑戦している最中です。本記事では、直近1年間のモデルナの事業進捗、財務状況、株価動向、そして長期投資の観点から総合的に分析いたします。

事業内容の進捗状況

COVID-19ワクチンと新製品の動向

モデルナの主力製品であるCOVID-19ワクチン「スパイクバックス」の売上は、パンデミックピーク後に大幅な減少を記録しました。2024年にはCOVID-19ワクチンが季節商用市場へと移行し、需要が下半期に集中する形となっています。2024年通年のスパイクバックス売上は31億ドルとなり、2023年から約53%の減少となりました。

一方で、新たな収益源としてRSウイルス(RSV)ワクチン「mRESVIA」が投入されました。2024年通年で2,500万ドルの売上を計上し、米国、カナダ、欧州連合など主要市場で60歳以上を対象とした承認を取得しています。ただし、現時点での売上規模は限定的で、2025年第1四半期のRSVワクチン売上はわずか200万ドルに留まっています。

研究開発パイプラインの著しい進展

モデルナはmRNA技術プラットフォームを活用し、多数のワクチン・治療薬候補を開発中です。直近1年間では、特に後期段階のパイプラインで顕著な進展が見られました。

次世代COVID-19ワクチン(mRNA-1283)

従来型に比べて低用量・安定性向上を図った新型コロナワクチンです。FDAへの承認申請を行い、優先審査券を用いて審査を加速させています。FDAの承認目標日は2025年5月31日に設定されており、2025年4月には有効性データが米国CDCの委員会で共有されました。

RSウイルスワクチン(mRNA-1345)

高リスク成人(18–59歳)向けRSVワクチンの第3相試験で良好な結果が得られ、FDAに承認申請済みです。優先審査券を使用し、FDAの審査期限は2025年6月12日とされています。既に60歳以上対象では各国で承認済みであり、さらなる対象拡大が期待されます。

インフルエンザ関連ワクチン

高齢者対象の季節性インフルエンザワクチン(mRNA-1010)は第3相試験が進行中で、免疫原性と安全性の初期データは良好でした。2025年夏には有効性に関する中間解析結果が見込まれています。

また、インフルエンザとCOVIDの2価ワクチン(mRNA-1083)も開発され、50歳以上向けに承認申請を行いました。ただし、FDAからはインフル単独での有効性データ追加が求められ、承認目標時期は2026年に延期されています。18–49歳向けの同ワクチンは優先度を下げ、リソースを他領域に再配分しています。

潜伏ウイルスワクチン

巨細胞性封入体(CMV)ワクチン(mRNA-1647)は第3相試験を完了し、ケース蓄積中で、2025年内に有効性データ取得を目指しています。2024年の中間解析では早期終了基準に達しなかったため、試験を継続中です。

ノロウイルスワクチン(mRNA-1403)は北半球で第3相試験の登録を完了し、南半球で継続中です。一時、副反応(ギラン・バレー症候群)の報告でFDA臨床保留になりましたが、現在は解除されています。

癌ワクチン・治療薬

メルク社と共同開発中の個別化がんワクチン(mRNA-4157、商用名:Intismeran Autogene)は、術後悪性黒色腫を対象にした第3相試験が完了し、非小細胞肺癌や膀胱癌、腎細胞癌においても第2/3相試験を進行中です。

第2相試験では黒色腫患者で再発・死亡リスクを既存治療単独比で44%低減する有望な結果が報告されており、mRNAがん治療薬として初めて有効性を示した画期的な例となりました。さらにチェックポイント療法(AIM-T、mRNA-4359)など新たな腫瘍免疫プログラムも開始しており、第1/2相試験から第2相への拡大中です。

希少疾患治療薬

mRNAで酵素補充を行う希少代謝疾患プログラムも進展しています。プロピオン酸血症(PA)治療薬(mRNA-3927)は第1/2相試験で忍容性が確認され、治療中の患者で代謝悪化イベント頻度の減少が示唆されています。このプログラムは2024年にレジストリ試験(承認申請用試験)のデータ収集段階に入りました。

メチルマロン酸血症(MMA)治療薬(mRNA-3705)もFDAの希少疾患治療促進プログラムに採択され、試験デザイン合意の上で2025年に第3相相当の登録試験開始予定です。

以上のように、モデルナはCOVID-19後を見据えた多角的なパイプラインを有しており、10品目の承認取得に向け後期開発を進めています。同社は2024年末までに3件の生物製剤承認申請を行い、2025年以降の複数年にわたり毎年承認取得を見込む計画です。

提携・戦略的取り組み

モデルナは引き続き外部企業との協業や買収も戦略的に活用しています。メルクとのがんワクチン提携は拡大され、黒色腫以外の適応でも共同開発が進行中です。2024年には独Immatics社とのがん領域におけるR&D協業を締結し、そのアップフロント費用1.2億ドルが計上されました。

また近年では、日本のOriCiro社買収(2023年)によりmRNA製造基盤となるプラスミドDNA合成技術を内製化したほか、CytomX社との条件付活性化mRNA治療薬の共同研究、Carisma社とのCAR-M細胞療法開発提携、Metagenomi社とのin vivo遺伝子編集研究など、幅広いパートナーシップを構築しています。

これらの提携により同社はワクチン以外の分野(がん免疫、遺伝子治療など)にも技術を拡張し、ポートフォリオ強化を図っています。

財務指標の現状分析

売上・利益の状況

2024年のモデルナの業績は、パンデミック期からの反動減を反映し大幅な減収・赤字となりました。主要な財務指標をまとめますと以下の通りです。

  • 売上高: 32.36億ドル(前年比-52.9%)
  • 営業利益: -39.45億ドル(赤字拡大)
  • 当期純利益: -35.61億ドル(前年は-47.14億ドル)
  • 研究開発費: 45.43億ドル(前年4.85億ドルから微減)
  • 営業キャッシュフロー: -30.04億ドル(前年-31.18億ドル)
  • 現金及び投資残高(2024年末): 95億ドル

2024年の売上高は約32億ドルと、2023年の約68億ドルから半減しました。この売上減少は、主要収入源だったCOVID-19ワクチン需要の急減によるものです。営業費用は依然高水準で、研究開発費やワクチン在庫処分費用等が重くのしかかりました。

結果、2024年通年のGAAP純損失は約35.6億ドルとなり、2期連続の大幅赤字です。もっとも赤字幅自体は前年(約47億ドルの損失)からは縮小しており、費用削減の効果も一部見られます。特に2024年の営業費用総額は前年から約36%減少し、COVID関連費用の縮小やコスト管理の徹底が進みました。

研究開発費は45億ドルと売上を大きく上回り、R&D比率(売上比)は140%以上に達しています。これはパイプライン拡充に向けた積極投資の表れですが、同時に業績の重石となっています。

キャッシュフローと財政状態

大規模な研究開発投資と業績赤字により、営業キャッシュフローは2024年に約30億ドルの流出となりました(前年と同程度のマイナス)。しかし過去のワクチン販売で蓄積したキャッシュが潤沢なため、2024年末時点で現金及び短期投資の残高は95億ドルに上ります。

自己資本比率も高く、株主資本は109億ドル(総資産141億ドル)と健全です。財務的な体力は依然強固であり、当面の研究開発資金には余裕があると言えます。実際、同社は2022年に自社株買戻しにも33億ドルを投じており、株主還元にも一定配慮してきました。

費用削減策

モデルナ経営陣は売上減少に対応し、コスト構造の見直しに着手しています。2024年の営業費用は前年比27%削減に成功し、2025年にはさらに年間約10億ドルのコスト削減を目指すとしています。

加えて、2025年から2027年にかけ追加14~17億ドルの年間費用圧縮を計画しており、2027年の年間GAAP営業費用を47~50億ドル程度(2025年想定から15億ドル減)に抑える目標です。これはポートフォリオの優先順位付け(例:一部若年層向けワクチン開発の後回し)や事業効率化によって達成される見通しです。

もっとも依然として開発案件数は多く、2025年も引き続き巨額のR&D投資が継続する予定です。

ガイダンス

会社側の見通しでは、2025年通年の売上は15~25億ドルと2024年実績をさらに下回るレンジが示されています。これはCOVID-19ワクチン需要の「新常態化(年間定期接種化)」による縮小が主因であり、2025年後半のブースター需要を織り込んだ数字です。

一方で2025年末の現金残高は60億ドル程度を維持できる見込みで、コスト削減と限定的な売上でキャッシュバーン(資金燃焼)を抑える計画です。以上より、同社はポストパンデミック期の低収入局面でも開発資金を確保しつつ、損益分岐点の引き下げを図っている状況です。

株価動向とバリュエーション

株価推移(2024年夏~2025年夏)

モデルナの株価は過去1年間で大幅に下落し、投資家評価の厳しさを示しています。2024年7月時点で1株あたり約100ドル前後で推移していた株価は、2025年7月には30ドル台前半まで低下しました。

特に2024年通年では年間下落率-58%と急落し、2021年夏の最高値(終値で484ドル)からの下落率は90%以上にも達しています。直近の52週レンジでも最高値129.39ドルに対し最安値23.15ドルと大きな値幅で推移しました。

2024年後半のワクチン売上不振や赤字計上、そして将来収益への不透明感が、株価下落の主要因です。もっとも2025年6月末に過去最安値圏の23ドル台を付けた後、7月に若干反発し現在は30ドル前後となっています。

市場はモデルナの企業価値をほぼ純資産並みにまで評価切り下げており、時価総額は約125億ドル(2025年7月、株価33ドル換算)と保有現金を含む株主資本約109億ドルに近い水準です。これは、将来パイプラインの収益創出に懐疑的な見方が広がっていることを意味します。

バリュエーション指標

モデルナは大幅な赤字のためPER(株価収益率)は算出不能な状態です。今後12か月の予想EPSも-9~-10ドル程度の損失が見込まれており、当面黒字転換は期待し難い状況です。

一方、PBR(株価純資産倍率)は概ね1.0倍前後で推移しています(2024年末簿価約28ドル/株に対し株価30ドル前後)。またPSR(株価売上高比率)は2024年実績ベースで約3.8倍、2025年予想ベースでは約6倍と算出されます(時価総額125億ドル÷売上)。

これらの指標は、モデルナが依然バリュエーション面で割高とも割安とも判断し難い過渡期にあることを示唆します。すなわち、パンデミック期に蓄積した資産価値によって下値は支えられている一方、収益力低下で利益指標からの評価は困難という状態です。

アナリストの見解

証券アナリストの評価は割れており、強気派と慎重派で見通しが大きく分かれています。米調査によればモデルナ株の平均目標株価は約47ドルとなっており、現在株価からは70%超の上昇余地がある計算です。

強気なアナリストは「mRNA技術プラットフォームの革新性が市場に十分織り込まれておらず割安」として強い買い推奨を出す例もあります(目標株価198ドルなど極端なケースもあり)。一方で慎重派は「短期的に黒字復帰は困難であり、パイプライン成功にも不確実性が高い」として中立~弱気の見方をとっています。

例えば2025年も大幅なEPS赤字(-9.91ドル)継続を予想し、目標株価を20ドル台に据える見解も存在します。市場コンセンサスは強気と弱気の間で揺れている状態ですが、現在株価が低位にあるため以前よりポジティブな見直しも出始めています。

実際、2025年に入り大手証券が投資判断を「オーバーウェイト(強気)」で据え置きつつ目標株価を69ドルと設定する動きや、「ホールド」ながら55ドルの目標を掲げるケースも報じられました。総じて、現株価水準は悲観シナリオをかなり織り込んでいるとの認識もあり、パイプラインの明確な成果次第で再評価余地があるとの声が専門家からは出ています。

競合企業との比較分析

mRNAワクチン・医薬品分野ではモデルナ以外にも主要プレイヤーが存在し、それぞれ状況が異なります。代表的競合であるBioNTech、CureVac、Pfizerとの比較をご紹介いたします。

BioNTech(ビオンテック)

ドイツのmRNA医薬品企業で、Pfizerと共同開発したCOVID-19ワクチン(コミナティ)の成功でモデルナと並ぶ存在です。BioNTechもモデルナ同様にワクチン売上の反動減で業績が悪化しました。2024年の売上高は約28億ユーロに留まり、純損失6.65億ユーロを計上しています。

ただし2021–22年の巨額利益を原資に潤沢な手元資金(2024年末現金等174億ユーロ)を保持しており、財務的な余裕はモデルナ以上です。BioNTechは現在、mRNA技術をがん領域へ本格転換している点が特徴で、個別化がんワクチン(例:抗原RNA療法)やCAR-T療法など数十の臨床開発を走らせています。

特にmRNA個別化がんワクチンではモデルナと並び黒色腫で有望な治験結果を示しており、提携先のメルクと共に競争しています。株価面では、BioNTech株も2021年高値から大幅下落しましたが、時価総額は約268億ドルとモデルナを上回ります。

巨額の現金(170億ユーロ超)を考慮すると、企業価値ベースではモデルナと同水準かそれ以下にも見積もられ、市場は両社のパイプライン価値をほぼ同等に評価しているとも言えます。BioNTechの課題もモデルナ同様に「COVID後の収益源創出」です。もっともPfizerという強力なパートナーがおり、開発品の商業化では利点もあります。

CureVac(キュアバック)

ドイツの創業系バイオ企業で、mRNA技術のパイオニアの一社です。COVID-19初期にはモデルナやBioNTechに次ぐ候補と期待されましたが、初代ワクチン候補は十分な有効性が示せず開発中止に至りました。

その後、第2世代のmRNA技術に取り組み、グラクソ・スミスクライン社との提携で新型コロナやインフルエンザmRNAワクチンを共同開発中です。2023年末には2価の新型コロナワクチン候補で前向きな初期データを報告するなど巻き返しを図っています。

しかし現時点で製品収入はなく、毎期数億ユーロ規模の赤字を計上しています。2024年も営業費用増により赤字は拡大見込みで、経営陣は2025年から30%以上の費用削減に踏み切る計画を公表しました。

株価は公開直後の高値から著しく低迷し、2023年4月には一時1株2ドル台という底値を付けました。その後わずかに回復しましたが2025年7月時点でも5ドル前後で、時価総額は約7億ドル程度に過ぎません。極めて小規模な企業規模となっており、豊富な資金を持つモデルナやBioNTechとの差は歴然です。

技術面では、CureVacの改良型mRNAプラットフォームがどこまで追いつけるか、不確実性が残ります。またCureVacは自社特許を盾にBioNTechやPfizerを提訴するなど法廷闘争にも踏み込んでいますが、これが収益に結び付くかは不透明です。総じて、CureVacは高リスク・高リターンの挑戦的な立場にあり、大手に比べ投資対象としての安定性は低いと言えます。

Pfizer(ファイザー)

大手製薬企業であり、COVID-19ワクチンをBioNTechと共同開発した他、経口治療薬パクスロビドも発売しました。パンデミックにおいて莫大な売上を上げましたが、その後は需要減退で売上が減少しました。ただしファイザー全体では依然巨額の収益規模があります。

2024年の売上高は636億ドル(前年比+7%)と堅調で、純利益は80億ドルを計上し前年から大幅増益となりました。COVID関連売上を除いても多様な製品ラインを持ち、ワクチン・腫瘍・免疫・希少疾患など6事業部門がバランスよく収益を支えています。

財務面での安定感は群を抜いており、潤沢なキャッシュフローとAAAクラスの信用力で研究開発や買収を積極的に展開可能です。実際、パンデミック後にはmRNA技術の内製化を目指して自社開発力を強化する動きも見られます。

BioNTechとはCOVIDワクチン収益を折半した提携関係にあり、現在もmRNA技術を応用した新規ワクチン(例:帯状疱疹ワクチン)の共同開発を進めています。また2023年にはmRNAワクチン技術企業の買収(例:小規模バイオの吸収)も行い、将来に備えています。

株価面では、ファイザー株もCOVID特需後に調整局面となり、2021年の高値(約60ドル)から2025年半ばには35ドル前後まで低下しています。しかし安定した利益水準からPERは10倍台前半、配当利回りも高めで推移し、長期投資家にはディフェンシブ株として一定の魅力を保っています。

モデルナやBioNTechとは異なり、新型ワクチン単体の成否に企業の存亡が左右されない分散事業モデルである点が大きな違いです。そのためmRNA領域での攻勢はやや慎重ですが、莫大な資本力を背景に必要に応じて提携・買収で技術を取り込みつつある状況です。

ファイザーとの比較では、モデルナはイノベーション創出力では勝るものの事業ポートフォリオの安定性では劣り、投資リスク/リターンの性質が大きく異なると言えます。

mRNA技術の将来性と課題

将来性(非COVIDへの展開)

メッセンジャーRNA技術はCOVID-19ワクチンの成功によって一躍脚光を浴びましたが、その応用可能性は新型コロナに留まりません。mRNAワクチンは「迅速な開発」「高い抗原デザイン柔軟性」「大規模生産の容易さ」といった利点があり、今後インフルエンザ、HIV、結核など様々な感染症へのワクチン開発が期待されています。

実際、モデルナやBioNTechはインフルエンザワクチン(前述mRNA-1010等)をはじめ、多価ワクチン、パンデミック準備ワクチンの研究を進めています。またmRNAはがんワクチン・がん免疫療法としても有望視されています。腫瘍の遺伝子変異に応じた個別化ワクチンを短期間で製造できるため、高度に個別化された癌治療が可能になるポテンシャルがあります。

モデルナとメルクの黒色腫ワクチンはその一例で、他のがん種にも適用拡大中です。さらに希少疾患領域でも、従来は困難だった酵素補充療法をmRNAで行うアプローチ(モデルナのPAやMMA治療薬など)が現れています。

mRNAは設計の自由度が高く、「必要なタンパク質を体内で作らせる」という汎用プラットフォームとして、ワクチンのみならず治療薬分野にも革命を起こす可能性があります。製薬各社もこの可能性に着目し、モデルナやBioNTechのみならずSanofi、GSKなど大手もmRNA企業を買収・提携する動きを強めています。

非COVID製品市場も拡大が予想され、ある試算では非COVIDのmRNA医薬品市場規模は2024年時点3.7億ドルから2031年には16.8億ドルに達する(年率24.2%成長)との予測もあります。したがって、長期的には感染症ワクチンだけでなく癌・自己免疫・希少疾患など幅広い領域でmRNA医薬が台頭し、製薬産業の一大潮流になる期待があります。

技術的・商業的課題

もっとも、mRNA技術には依然克服すべき課題も多く存在します。主要な技術的課題は不安定性と送達効率です。mRNA分子は体内で分解されやすく、また細胞内で標的タンパク質を十分発現させ続けるには改良が必要です。

現状では脂質ナノ粒子(LNP)でカプセル化し細胞内送達していますが、標的組織にピンポイントで届ける効率や、長期間発現を持続させる工夫(例:自己増幅型mRNAやより安定な修飾核酸の開発)が求められています。

安全性も引き続き注視点です。COVID-19ワクチンでmRNA技術の安全性は概ね確認されたものの、一部でアレルギー反応や心筋炎の発生が報告されました。今後、がん治療のように高用量・反復投与が必要なケースで、安全プロファイルを如何に維持するかが重要になります。

また開発コストと規制のハードルも無視できません。mRNA医薬品の製造には高度なバイオ技術と設備が必要で、従来ワクチンに比べ製造コストが高い傾向にあります。商業化にあたって価格設定や保険償還の問題に直面する可能性があります。

さらに各国規制当局はCOVID-19でmRNAワクチンを特例承認しましたが、今後は通常の審査プロセスに戻るため、臨床試験で有効性・安全性を示す必要があり開発期間が長期化するリスクがあります。例えばモデルナのインフルエンザワクチンは免疫原性は確認できても有効性データ要求により承認審査が延期されました。

商業的課題としては、市場競合と需要の不確実性が挙げられます。インフルエンザ等では既存の蛋白ワクチンが確立しており、mRNAワクチンが明確な優位性(効果や頻回改良による適合度向上など)を示さなければ普及しない可能性があります。またCOVID-19ブースターの接種率が低迷したように、消費者の需要喚起にも工夫が必要でしょう。

したがって、mRNA技術は将来性と課題が表裏一体であり、技術改良と慎重な開発戦略が今後のカギになります。もっとも研究開発の現場ではこれら課題に取り組む動きが活発で、安定性・送達性向上のための新素材やデリバリーシステムの研究が進んでいます。各社の経験蓄積により、こうした課題は徐々に解決されていく見通しです。

モデルナの非COVID展開状況

上記の通り、モデルナは既に複数の非COVID製品候補を開発し、いくつかは承認申請段階にあります。RSVワクチンはCOVID以外では初の商業製品となり、さらにCMVやノロウイルスなど初めてワクチンが実用化される疾患領域にも挑戦中です。

また、個別化がんワクチンでメルクと協働し、希少疾患治療薬でも先端的プログラムを進めています。今後数年でこれら非COVID製品が承認され市場投入されれば、モデルナの収益構造は大きく変化します。

中でもCMVワクチンは世界に競合がなく、潜在市場規模が数十億ドルとも言われる領域です。また、がん領域は成功すれば画期的新薬となり高価格帯が期待できるマーケットです。ただし現時点では全て開発段階であり、商業的成功は未知数です。

モデルナ自身、COVID収束後初の収益柱をいかに早期に確立できるかが最大の経営課題と認識しており、2025年前後から順次予定される主要パイプラインの承認・発売に照準を合わせています。非COVID製品の市場導入と普及が軌道に乗れば、mRNA技術の将来性が実証されると同時に、モデルナの業績も飛躍が期待できるでしょう。

長期投資の視点:リスクとリターン分析

リスク要因(長期視点)

モデルナへの長期投資にはいくつかの重要なリスクがあります。

財務リスク

第一に財務リスクです。同社は2023–2024年に連続巨額赤字となり、2025年も赤字継続見通しです。年間数十億ドル規模のキャッシュ消費(2024年は約30億ドルの営業キャッシュ流出)が続けば、現在の95億ドルの手元資金も数年で目減りします。

大幅なコスト削減策を講じていますが、黒字転換時期が予想より遅れれば追加資金調達(増資や社債発行)の必要が生じ、株主価値の希薄化リスクがあります。

事業ポートフォリオ集中リスク

また事業ポートフォリオ集中のリスクも大きいです。モデルナはmRNA一本足打法の企業であり、プラットフォーム技術への依存度が極めて高いです。他の新興バイオでは、核酸医薬以外の事業や収益源を持つ例がありますが、モデルナは事業の多角化が進んでいません。

したがって、もしmRNA技術に根本的な欠陥が判明したり、主要パイプラインで重大な失敗(例えば大規模治験で効果が出ない、安全性問題発生)が起これば、代替手段が乏しく企業存続に関わる打撃となります。

競合環境リスク

競合環境もリスク要因です。競争激化リスクとして、BioNTechやCureVacのみならず、サノフィやメルクなど既存大手もmRNAワクチン開発に参入しています。特にファイザーはBioNTechとの協業実績や豊富なリソースを背景に、将来的に自社開発mRNAワクチンを推進する可能性があります。

競合他社がモデルナに先んじて有望なmRNA製品を上市した場合、市場シェアや将来キャッシュフローが侵食される恐れがあります。

規制・政治リスク

また規制・政治リスクも考慮すべきです。COVID-19ワクチン成功でmRNA技術への期待は高まる一方、一部ではワクチン忌避感情や政治的な逆風も存在します。各国政府がパンデミック時のようなワクチン購入支援を行わなくなれば、市場創出には企業努力がより必要になります。

価格規制や知的財産を巡る訴訟(モデルナはmRNA特許侵害で競合を提訴中)なども業績不確実性の一因です。

リターンポテンシャル

リスクは大きい反面、モデルナは成功時のリターン潜在力も非常に大きい投資対象です。

パイプラインの実現

最大のアップサイド要因はパイプラインの実現です。同社が掲げる「2027年までに最大10製品承認」という目標が達成されれば、数年後にはワクチンメーカーから総合バイオ製薬企業へ飛躍する可能性があります。

例えば、現在開発中のCMVワクチンは初の承認製品となれば年間数十億ドル規模のブロックバスターになる可能性があります。個別がんワクチンも黒色腫や肺癌などで承認されれば、がん免疫領域で革命的商品となり得ます。

さらにはインフルエンザ、RSV、ノロウイルス等のワクチンが順次市場投入されれば、複数の収益柱が確立し、COVID依存から脱却した安定成長軌道に乗るでしょう。

プラットフォーム収益モデル

長期的には、モデルナのmRNA技術がプラットフォーム収益モデルを生み出す可能性もあります。他社にライセンス供与したり、幅広い疾患で適応拡大することで、mRNA医薬品の標準的企業として君臨できれば、その企業価値は現在の数倍に膨らむ余地があります。

割安感の存在

投資尺度でも、株価下落により割安感が出ている点は見逃せません。現在のP/B約1倍という水準は、少なくともモデルナの純資産(現金などハードアセット)に対しては下値余地が限られていることを示唆します。

言い換えれば、市場は将来キャッシュ燃焼で資産を食いつぶす悲観シナリオをかなり織り込んでいるため、もし赤字幅縮小や開発成功など状況改善の兆しが出れば株価のリバウンドが期待できます。実際、アナリストの目標株価平均が現株価を大きく上回るように、ポジティブ材料出現時の上昇余地は大きいと見られています。

高収益性の実績

さらにモデルナは2021年に巨額の営業キャッシュフロー(約130億ドル)を生み出した実績があり、これはmRNA技術が適切な製品に結び付けば極めて収益性が高いことを示しています。パンデミックという特殊事情はあったものの、「成功すれば利益率が非常に高い」のがソフトウェア的性質を持つmRNAプラットフォームの強みです。

このため、一つでもヒット製品が生まれればその利益レバレッジで企業業績が大きく跳ねる可能性があります。

総合評価

長期投資の観点でモデルナを見ると、高リスク・高リターンの典型と言えます。短期的にはCOVIDバブル後の調整局面で困難に直面していますが、潤沢な資金と確立されたmRNA基盤を武器に乗り切ろうとしています。

今後数年は赤字が続く公算が高いものの、その間に主要パイプラインが開花すれば再び高成長企業に転じるシナリオも十分考えられます。逆に新製品創出が滞れば、現在の資産価値を毀損し厳しいリストラや外部資本導入を迫られるリスクもあります。

したがって投資家としては、モデルナの将来像はパイプライン進捗次第で大きく変わる点を認識する必要があります。mRNA技術の将来性は明るいものの、モデルナがその果実を確実に収穫できるかは今後の開発・商業化戦略に委ねられています。

長期目線では、ハイリスクを許容できる投資家にとって、モデルナは破綻懸念まで株価が織り込む一方で技術革命の恩恵を享受できるロングショット(大化け狙い)とも位置付けられます。一方、確実性を重視する投資家には、収益安定まで時間を要する本企業への集中投資は慎重検討すべきでしょう。

いずれにせよ、モデルナは今後数年が勝負所であり、その動向はmRNA医薬セクター全体の行方を占う意味でも注目されます。

おわりに

モデルナは現在、COVID-19ワクチンの成功によって築いた技術基盤と資金力を活かし、次なる成長ステージへの転換を図っています。mRNA技術の革新性は疑いの余地がありませんが、それを持続的な事業成功に結び付けられるかが今後の最大の課題です。

同社の豊富なパイプラインが順調に実を結べば、数年後には全く異なる企業像を見せる可能性があります。一方で、開発の不確実性や競争激化といったリスクも無視できません。

投資判断においては、リスク許容度と投資期間を十分に考慮し、ポートフォリオ全体のバランスを保ちながら検討することが重要です。モデルナのケースは、新興バイオテクノロジー企業への投資の醍醐味と困難さを如実に表していると言えるでしょう。

技術革新の可能性と事業化の不確実性、そして市場の期待と現実のギャップが織りなす複雑な投資ストーリーは、今後も多くの投資家にとって注目に値する企業であり続けると考えています。

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