ロシア・An-24旅客機墜落事故の全貌と老朽機問題

― 48名全員死亡、”空飛ぶトラクター”の安全性を問う ―

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2025年7月24日、ロシア極東アムール州で発生したアンガラ航空の旅客機墜落事故は、世界中で大きく報じられました。事故機はソ連時代に設計されたアントノフAn-24で、製造から約50年が経過した老朽機でした。乗員乗客48名全員が死亡するという悲惨な結果となったこの事故は、老朽化した航空機の安全運航という現代航空業界が抱える重大な課題を浮き彫りにしています。

本記事では、事故の詳細な経緯と、An-24という機体の特徴、そして制裁下のロシアが直面する航空機更新問題について詳しく解説していきます。

※本写真は事故機RA‑47315そのものではありませんが、同型機(Antonov An‑24RV型)であり、ロシア国内において同様の運用が行われていたPskovavia社の機体(RA‑46473)です。機体外観の参考として掲載しています。

Photo: Antonov An‑24RV (RA‑46473), Pskovavia – photographed by Aktug Ates. Licensed under GNU Free Documentation License 1.2 via Wikimedia Commons

事故の概要 ― 二度目の着陸進入で消息を絶つ

墜落機の基本情報

墜落したのはアンガラ航空2311便(登録記号:RA-47315)で、機種は1976年製造のアントノフAn-24RV型でした。同機はハバロフスク発・ブラゴヴェシチェンスク経由ティンダ行きの国内定期便を運航していました。

アンガラ航空はシベリアを拠点とする民間地域航空会社で、ロシアの僻地路線を支える重要な役割を担っています。事故機は乗客42名(うち子ども5名)と乗員6名の計48名を乗せていました。

事故発生の状況

現地時間7月24日13時頃、同機は目的地のティンダ空港への着陸に際し、**一度目の着陸進入に失敗し復航(ゴーアラウンド)**を実施しました。その後、二度目の着陸アプローチ中に航空管制との交信が途絶え、レーダーから機影が消失しています。

最後の交信が行われたのはティンダ空港から数キロの地点、高度約600メートル付近でした。機体はティンダの南約15~16kmの森林の山岳地帯に墜落し、捜索救難に出動したヘリコプターが炎上中の機体残骸を発見しました。

悪天候が着陸を困難にしていた可能性

事故当時、現場周辺は視界不良の悪天候下にあったとされています。複数の報道によれば、墜落現場付近では雲が低く立ち込め、滑走路は雨で濡れて滑りやすい状況だったとのことです。

同機が一度着陸に失敗していることからも、悪天候が着陸困難の一因になっていた可能性があります。

An-24とは何か ― “空飛ぶトラクター”の異名を持つ機体

設計思想と特徴

アントノフAn-24は、1950年代末に設計され1960年代以降にソ連や東欧で広く運用された双発ターボプロップ機です。未舗装滑走路や極寒地でも運航可能な高い耐久性から、**「空飛ぶトラクター」**との異名を持ちます。

この機体の最大の特徴は、その堅牢性にあります。ロシア国内の僻地路線や中央アジア・アフリカなどの厳しい環境下でも安定した運航を続けてきた実績があります。

老朽化による安全性への懸念

しかし機体の老朽化に伴う安全性への懸念も根強く存在します。2011年にシベリアで発生したAn-24旅客機の墜落事故(死者7名)を受けて、当時のメドベージェフ大統領は国内An-24機の運航停止を提案した経緯があります。

過去の統計によれば、ソ連~ロシアで生産されたAn-24は総数約1,340機にのぼりますが、そのうち88機が墜落事故で失われ、さらに65機が重大インシデントで運用不能となっています。現在も世界で75機ほどが現役と推定されますが、その多くは老朽化が進んだ機体です。

事故原因の初期分析 ― ヒューマンエラーか機材不具合か

捜査の現状

事故原因は現在調査中で、明確な結論はまだ出ていません。ロシア当局は航空機事故調査の一環として、航空安全規則違反(過失致死)の疑いで刑事訴追案件として捜査を開始しました。

現場ではフライトデータレコーダー(FDR)とコックピットボイスレコーダー(CVR)の回収も進められており、これらの解析結果が原因解明の鍵を握る見込みです。

考えられる原因

現時点で判明している範囲では、悪天候下での操縦ミス(ヒューマンエラー)や機材の不具合が主な仮説として考慮されています。

事故当時の天候が厳しかったこと(低い雲、濡れた滑走路)から、計器飛行下での認識誤り滑走路逸脱などヒューマンエラー要因が疑われる一方、高経年機ゆえの機械的故障(例えばエンジン推力や計器不良)も否定できない状況です。

過去のインシデント歴

墜落機(RA-47315)は2018年以降に4件の小規模インシデントを経験していました。具体的には、2022年5月に発電機の機能不良が飛行中に発生したほか、2023年3月にも無線機トラブルのため離陸後に引き返した事例が記録されていました。

制裁下で深刻化する老朽機問題

部品調達困難が招く安全性低下

An-24を含む旧式機の更新が進まない背景には、ロシアが近年直面している国際的な制裁と部品調達難があります。2022年以降、西側諸国の制裁によりボーイングやエアバスといった近代的航空機の部品供給が滞り、ロシア航空各社は既存機材を延命せざるを得ない状況に追い込まれています。

特に地方路線ではAn-24やAn-26など旧ソ連製のターボプロップ機が「働き馬」として重宝されてきましたが、制裁下で部品入手が困難になり維持コストが高騰しています。

代替機開発の遅れ

ロシア政府は国産代替機(Il-114-300やTVRS-44「ラドガ」など)の開発・生産を進めていますが、本格量産は早くとも2027年以降の見通しです。それまで旧型機の運航を継続せざるを得ない状況が続きます。

🔧 アンガラ航空の過去の事故歴

アンガラ航空自体も、過去にAn-24型機で事故を経験しています:

  • 2019年6月:An-24がエンジン不調により緊急着陸し滑走路をオーバーラン、炎上して乗員2名が死亡
  • 2022年8月:An-24がウスト・クート空港で着陸時に主翼を滑走路に接触させ大破
  • 2025年5月:An-24がキレンスク空港で前脚(ノーズギア)折損事故

これらの繰り返されるインシデントは、老朽機特有のトラブルを示しており、安全運航上の課題となっていました。

救助活動と当局の対応

困難を極めた救助作業

墜落現場は市街地から遠く離れた森林内で道路もないため、100名以上の救助隊員が重機を使って森林に道を切り開きながら現場に向かったと報じられています。険しい地形と悪天候により救助隊の到達は難航しました。

最終的に墜落から数時間後には救助隊が現場に到達し、乗員乗客の全員死亡を確認しています。

政府レベルでの対応

アムール州政府は7月25日から3日間の喪に服すことを宣言し、州内で半旗掲揚などの追悼措置が取られました。ワシーリー・オルロフ州知事は「犠牲者のご遺族に心からお悔やみ申し上げる」と述べています。

ウラジーミル・プーチン大統領も事故当日に政府会議の冒頭で黙祷を捧げ、犠牲者家族への弔意を表明しました。

今後の展望 ― 老朽機問題の根本的解決に向けて

運航停止措置の可能性

現時点でロシア当局からAn-24機全般の即時運航停止命令は出ていませんが、アンガラ航空自身は同社保有のAn-24について自主的に運航を見合わせる可能性があります。

本事故は、制裁下で西側製旅客機の調達・整備が困難になる中でソ連時代の旧型機を飛ばし続ける危うさを浮き彫りにしました。

国際的な影響

An-24シリーズは現在でも北朝鮮、カザフスタン、ラオス、キューバ、エチオピア、ミャンマー、ジンバブエなどで運航されており、これら諸国でも今回の事故情報を受けて自国機の安全性見直しが行われるとみられます。

根本的解決策の必要性

再発防止に向けた緊急対策として、運輸省主導で地方航空会社への安全監査を実施し、必要な是正措置を講じるとしています。しかし、根本的な解決には新型機の量産前倒しや代替機材の確保など、老朽機退役を促進する施策が急務です。

結論:老朽機の安全運航という世界共通の課題

今回のAn-24墜落事故は、48名の尊い命が失われた痛ましい惨事でした。この事故が浮き彫りにしたのは、老朽化した航空機の運航継続が抱える根本的な安全性の問題です。

老朽化した航空機の運航継続は、部品不足や整備技術の陳腐化により、必然的に安全性の低下を招きます。しかし一方で、これらの航空機は地域住民の生活に欠かせない交通手段でもあり、代替機への更新には莫大なコストと時間を要します。

航空安全は乗客の生命に直結する最重要課題です。機体の経年劣化は避けることのできない物理現象であり、適切な時期での機材更新と厳格な整備基準の維持が不可欠です。今回の事故は、そうした「当たり前の安全対策」がいかに重要であるかを改めて示しています。

事故調査の結果公表が待たれる中、このような悲劇が二度と繰り返されないよう、航空業界全体で教訓を共有し、実効性のある対策を講じていくことが求められています。




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