— FDA承認から厚労省承認、市場淘汰までの全貌 —
1. フィナステリドとは
フィナステリドは、5α還元酵素II型を阻害し、テストステロンからジヒドロテストステロン(DHT)への変換を抑制する経口薬です。DHTは前立腺肥大症(BPH)や男性型脱毛症(AGA)の発症に関与しており、その抑制は臨床的に有効とされます。
当初はBPH治療薬(5 mg製剤、商品名プロスカー)として開発・承認されましたが、治療中の患者で毛髪増加が偶発的に観察され、AGA治療薬としての開発が開始されました。
2. FDAによるAGA適応承認までの経緯
- 1992年6月: フィナステリド5 mg錠(プロスカー)がFDAによりBPH治療薬として承認。
- 1993〜1995年: AGA患者を対象とした低用量試験開始。海外第II相試験で0.2 mg〜5 mgを比較した結果、1 mg以上では効果がほぼ同等であることが示され、国際開発の標準用量が1 mgに設定されました。
- 1997年12月19日: フィナステリド1 mg錠(プロペシア)が成人男性AGA治療薬としてFDA承認。
主要臨床試験(Kaufmanら, JAAD 1998)
- 対象:18〜41歳のAGA男性1,553例
- 介入:フィナステリド1 mg vs プラセボ、2年間
- 結果:
- 1年後:毛髪本数 +107本(プラセボは減少)
- 2年後:毛髪本数 +138本(プラセボはさらに減少)
- 写真判定・患者評価とも有意な改善
- 安全性:性機能関連副作用2%前後、ほとんどが可逆的
3. 日本における開発と承認
- 2001年: 万有製薬(現MSD)が国内治験開始。
- 2004年: 川島らによる国内第II/III相試験(Eur J Dermatol 2004)発表。
国内試験デザイン
- 対象:AGA男性414例
- 群分け:0.2 mg、1 mg、プラセボ
- 期間:48週間(その後96週まで延長試験)
結果(48週時点)
用量 | 改善率 | 性機能関連副作用 |
---|---|---|
0.2 mg | 54.2% | 1.5% |
1 mg | 58.3% | 2.9% |
プラセボ | 5.9% | 2.2% |
- 有効性: 0.2 mgと1 mgの差は統計的に有意ではなし。
- 安全性: 副作用発現率は低く、両群に大差なし。
- 長期試験: 96週まで発毛効果が持続、副作用頻度も低い。
4. 厚労省承認の理由(審査報告書の視点)
- 0.2 mgは有効性が確認され、副作用リスク低減の可能性あり。
- 1 mgは海外標準用量であり、国際的安全性データの参照や国際整合性の確保に必須。
- 臨床現場での用量選択肢を残すことで、患者特性や副作用歴に応じた柔軟な投与が可能になる。
承認日: 2005年10月11日(プロペシア0.2 mg錠、1 mg錠)
販売開始: 同年12月14日
5. 承認後の市場動向
承認当初は、
- 副作用懸念がある患者 → 0.2 mg
- 標準治療 → 1 mg
という使い分けが想定されていました。
しかし、実際の処方動向は急速に1 mgに集約されます。理由は以下の通り:
- 国際標準が1 mg
- 海外論文やガイドラインがすべて1 mg基準。
- 副作用差が小さい
- 国内治験でも性機能副作用差は約1.4ポイント。
- 薬価差が小さい
- 費用面で0.2 mgを選択するメリットが乏しい。
- ジェネリック普及後も傾向変わらず
- 2015年以降、ジェネリック登場により薬価差が縮小。
現在の市場シェアは推定で1 mgが9割超、0.2 mgはほぼ限定処方とみられます。
6. ガイドラインの変遷
- 2005年(承認直後): 日本皮膚科学会AGA診療ガイドラインでは、0.2 mg・1 mgとも推奨度A。
- 2017年改訂: 実臨床のエビデンス蓄積に基づき、記載は1 mg中心に。0.2 mgは補足的扱いに移行。
- 海外ガイドライン: 米国皮膚科学会・欧州皮膚科学会いずれも1 mgを標準推奨用量と記載。
7. 現状の臨床的位置づけ
- 0.2 mgは、性機能副作用を強く懸念する患者や高齢者における初期投与用として、まれに使用される程度。
- 1 mgが依然として第一選択。
- デュタステリド(0.5 mg)の登場により、進行例や効果不十分例では切り替えが行われるケースも増加。
8. 将来展望
近年、海外では低用量フィナステリド(0.25〜0.5 mg)でも一定効果が得られる可能性を示す報告があり、副作用低減とのバランスを再評価する動きがあります。
ただし、これらは短期試験が多く、長期安全性や効果持続性のエビデンスは不足しています。
日本でも今後、患者層や副作用リスクに応じたパーソナライズド用量選択が再び議論される可能性があります。
まとめ
- フィナステリドは1997年に米国FDAが1 mgをAGA治療薬として承認、日本では2005年に0.2 mgと1 mgが同時承認された。
- 0.2 mg承認は、低用量の安全性・選択肢確保・国際整合性のためだったが、実際の市場ではほぼ1 mgに集約。
- 現在のガイドラインも1 mgを標準とし、0.2 mgは限定的な位置づけ。
- 将来的には、副作用と効果のバランスを考慮した低用量戦略が再評価される可能性がある。